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記憶にかかわる海馬と扁桃体

忘却は正常な脳の働き……では記憶とは?

 記憶の仕組みが科学的に研究されたのは比較的新しく、そのはるか前に忘却についての研究が先行しました。
 「人間の脳は忘れるようにできている」
 このことを「発見」したのは、19世紀のドイツの実験心理学者エビングハウスです。彼は無意味なアルファベットの配列3文字を被験者にたくさん記憶させ、それが忘れられていく時間と量を調べてグラフにしたのです。
 エビングハウスの実験によれば、人は記憶したことを20分後には4割以上忘れ、1日後には7割以上を忘れてしまいます。つまり、放っておけばその日のうちに大半の記憶が消滅するということです。
 
 では、なぜ人の脳は忘れるようにできているのでしょうか。それは脳が、生存にかかわる重要な情報を優先して記憶するためです。もしも、エビングハウスの実験のような無意味な文字の配列や、友人たちとのたわいのない馬鹿話の一語一語、道行くたくさんの見知らぬ人の顔、壁の複雑なしみの形など、見聞きしたあらゆることが忘れられなくなり、日夜、洪水のように頭にあふれ出したら…。忘却の役割はおのずとわかるでしょう。

 忘却が宿命だとすれば、記憶とは「覚えること」ではなく、「思い出すこと」だと考えるべきでしょう。

短期記憶と長期記憶

 心理学では記憶を、短期記憶と長期記憶に分けるのが普通です。

 短期記憶は、文章を見て書き写したり、電話番号を聞いて番号をプッシュしたりするときのように、きわめて短い間の記憶のことをいいます。せいぜい20秒から長くても数分程度しか記憶が持続しないのが短期記憶です。眼や耳などの感覚器官から入ったほとんどの情報は、覚えようと強く意識しない限り、数秒以内に忘却の彼方へ消えてしまいます。
 
 数分以上の長い記憶は長期記憶といいます。同じ長期記憶でも、20分後には忘れてしまうものから何年間も覚えているものまであります。また、一時的に忘れていても、何かのきっかけで思い出すこともあります。
 いずれにしても、私たちが記憶力を問題にするときは、この長期記憶のことを指し、必要なときに思い出せることが求められるわけです。

意味記憶とエピソード記憶

 長期記憶は、手続き記憶、意味記憶、エピソード記憶、プライミング記憶の4つに分類されます。このうち通常、記憶が問題になるのは意味記憶とエピソード記憶です。

 まず意味記憶ですが、これは言葉を覚えたり、試験勉強をしたり、本や講演などで知識を吸収したりする記憶のことをいいます。一般に記憶力の良し悪しを論ずる場合は、この意味記憶を指します。意味記憶は抽象的な記憶であり、何かを聞かれることによって意識する記憶のことです。

 一方、エピソード記憶は知識ではなく、直接体験することによって記憶されることをいいます。幼少期から現在までのさまざまな思い出(たとえば運動会、遠足、初恋、草野球、アルバイトなど)や、育った家の周り・最寄の駅・学校などの道順と風景、直接かかわった人のイメージなどがエピソード記憶です。エピソード記憶は3、4歳頃に獲得される能力です。

 なお、手続き記憶はスポーツや手芸、工作、楽器など、体で覚える記憶のこと、プライミング記憶は入れ知恵記憶とも呼ばれ、先入観が影響する記憶のことをいいます。

海馬は小さな「記憶の司令塔」

 海馬は脳の中では小さな器官で、神経細胞の数は1000億個。脳全体の1万分の1に過ぎません。海馬は小さな器官ながら、大脳に入った情報の取捨選択をして、記憶全体をつかさどるきわめて重要な役割を果たしています。。

 一昔前の脳科学の本には、「脳細胞は毎日おびただしい数が死滅しており、決して増えることはない」などと述べられていますが、少なくともこの海馬だけは細胞分裂を繰り返して増えることがわかっています。

 海馬は、パソコンでいえば一時的なメモリーの役割を果たします。そして必要があれば、パソコンを終了する前にデータを保存するのと同じように、海馬もデータを大脳皮質に送って長期記憶として保存します。
 大脳皮質に長期記憶されたメモリーを呼び出すことが、思い出すという作業です。

情動を司る扁桃体の記憶への関与

 海馬がどのようにして長期記憶を決定しているのかは、よくわかっていません。しかし、近年の脳科学の研究で、扁桃体(へんとうたい)という直径1cm位の丸い形をした器官が海馬と影響し合っていることがわかっています。

 扁桃体は大脳皮質の内側にある大脳辺縁系の下のほうに位置しており、快不快を判断するのが主な役割です。私たちが見たり、聞いたり、臭いをかいだり、触ったり、味を味わったりしたときに得た感覚情報は、大脳皮質から扁桃体に伝わり、好き嫌いが判断されます。
 異性が好きになるのも、たこ焼きとかペンギンが好きになるのも、この扁桃体の仕業だったのです。

 扁桃体は海馬の隣にあり、好き嫌いや快不快の感情を海馬に伝えます。そのため、心を大きく揺さぶるような出来事は、いつまでも記憶にとどめられています。記憶は、情緒や感情の働きに影響されていることが、脳の働きの面からも説明できるようになりました。

 好奇心を刺激する好きな科目や、大好きな先生の授業の成績がよくなるのも、扁桃体が海馬に影響しているためだといえるでしょう。逆に、嫌いな先生の受け持つ科目やまったく興味が持てない科目は、放っておくと成績が悪くなります。経験したことはありませんか?
 童話や昔話が覚えられるのも、繰り返し聞かされるからということだけでなく、個性的で生き生きとしたキャラクターや、奇想天外なストーリーが好奇心を刺激し、感情を揺さぶるからでしょう。
海馬と扁桃体(画像提供:キオテック創造学習センター)
 なお、扁桃体は情動に深くかかわるだけでなく、社会性にも関係が深いことがわかってきました。社会性とは、人の顔を区別したり、表情を読み取るなどの認知能力のことです。扁桃体が傷つくと孤立するなど、社会生活がうまくいかなくなることが動物実験で確認されています。
 それにしても、好き嫌いなどの情動の働きと社会的な適応能力が、同じ脳の器官でつかさどられているというのは意味深長です。そして、そこに長期記憶にかかわる海馬が相互に影響し合っているということは、潜在的記憶能力を全開にするうえでヒントになりそうです。
自分の脳の喜ぶことを発見する
 勉強やスポーツ、仕事などではモチベーション(動機付け=早い話が「やる気」)がとても重要視されますが、これも脳科学的には先の扁桃体の役割で説明がつきます。
 余談になりますが、「やる気を出せ!」は古臭いスパルタ的な教育の臭いがします。これを「モチベーションが大切…」と横文字に変えてソフトに表現すれば現代的になりますが、人の内面をコントロールするような印象が漂います。
 いずれにしても脳は人から言われて従うよりも、自発的に働くほうがはるかに能力を発揮します。己の本当の心を知り、脳を喜ばせることこそ、脳力開発の第一歩です。

※脳が喜ぶ記憶の技術→記憶術とは何か?
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脳の仕組みと脳力について
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